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春の行事

ひな祭りの歌に怖い意味が?作詞家サトウハチローの生い立ちと人生からその謎に迫る!

投稿日:2019年1月7日 更新日:

3月3日は桃の節句のひな祭り。

ひな祭りといえば、「あかりをつけましょ ぼんぼりに~♪」の歌ですよね。

 

あのひな祭りの歌には、実は怖い意味が秘められているという噂話があります。

 

子供の頃に何気なく歌っていたあの歌にどんな裏話があるのか、ここではその謎に迫ります!

そこには、この童謡を作詞した人物の、悲しい体験が関係していたのかもしれません。

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ひな祭りの歌には怖い意味が秘められている!?

ひな祭りの歌は、正式には「うれしいひなまつり」というタイトルです。

 

「きょうはたのしい ひなまつり~♪」

という歌詞でおなじみの歌ですけど、あの歌詞のどこが怖いのでしょうか?

短調の曲なので、怖いというか、物悲しい感じがしなくもないですが、歌詞自体には怖い要素はなさそうに見えます。

 

怖いと言われているのは、2番の歌詞の「お嫁にいらした ねえさまに よく似た官女の 白い顔」の部分です。

官女というのは、三人官女ですよね。官女の何が怖いのかといいますと・・・

 

実は、この歌詞に登場する「ねえさま」というのは、この歌を作詞したサトウハチローの実の姉のことではないか、という話があるんです。

サトウハチローの姉は、結婚が決まった直後に結核にかかってしまい、お嫁に行く前に18歳で死んでしまっているのです。

 

ひな祭りの歌は、サトウハチローが他界した姉のことを想って、姉への鎮魂の意味を込めてこの作詞をしたとも言われています。

お嫁に行けなかったお姉さんが、ひな祭りの歌の中では、お嫁に行けた事になっているんですね。

 

また、ちょっと悲しげな感じもするあの短調の曲も、この歌がレクイエムだからではないか、という説もあるんです。

 

これはあくまで一解釈であって、実際にサトウハチローが何を思ってこの詞を書いたのかは分かりません。

しかし、サトウ氏の姉が結婚前に病にかかり、18歳でこの世を去ってしまったのは事実。

怖いといいますか、悲しい話ですね。

 

うれしいひなまつりには間違いがある?

実は、「うれしいひなまつり」の歌詞には間違いがあるんです。

何かと言うと、「お内裏様とお雛様」の「お内裏様」の部分。

 

皆さん、お内裏様が男雛(おびな)、お雛様が女雛(めびな)だと思っているかもしれませんが、これが間違いなんです。

本当は、男雛と女雛の一対を「内裏びな」と呼びますから、男雛だけのことをお内裏様とは言わないんですね。

 

そして、もう一つの間違いが、「赤いお顔の右大臣」という所。

 

右大臣と左大臣の人形を見ると、確かに一方の人形は赤い顔をしていますけど、実は彼、左大臣なんです。

白い顔の若いほうが右大臣で、顔の赤いお爺さんのほうは左大臣です。

 

後になって、作詞をしたサトウハチローはこれらの誤りに気づき、晩年までこの歌を嫌ったといいます。

 

でも、皆さんは、「この歌おかしいよね?」って思った事あります?

何の疑問も持たずに歌ったり、聴いたりしてきたのではないでしょうか。

 

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サトウハチローの生い立ち 母と姉の死 荒れた少年時代

ひな祭りの歌「たのしいひなまつり」を作詞したサトウハチロー氏の、この名前は本名で、佐藤八郎と書きました。

八郎という名前ですが、長男だったそうです。

 

佐藤八郎

1903~1973年

東京府東京市牛込区(現東京都新宿区)生まれ

 

彼の父親は、昭和初期に少年小説の第一人者として名を知られた、作家の佐藤紅緑(さとうこうろく)という人物です。

しかし、この父親に問題が・・・。

 

 

サトウハチローは、3歳の時に下半身を大火傷してしまい、1年半ほど入退院を繰り返したそうです。

しかも、幼い頃のハチローは病弱。

そんなハチローを母親、そしてお姉さんは、とても可愛がったといいます。

 

サトウハチローの人生が大きく変わったのは、彼が中学生の時でした。

 

父親の紅緑が不倫の末に離婚。

相手は、舞台女優の三笠万里子という女性でした。

ハチローの母は青森の実家に追い返され、ほどなくして、失意の内にこの世を去りました。

 

ハチローの心は父への怒りから荒んでしまい、学校で暴力沙汰を起こして8回も転校し、落第も3回。

更には留置所入りを何度も繰り返し、父にバカ息子呼ばわりされ、勘当されることも実に17回。

 

ハチローを可愛がってくれた姉が死んでしまったのもこの頃です。

ハチロー少年は、母親に続き、姉までも失ってしまったのです。

 

父紅緑は、手に負えないハチローを知り合いの詩人である福士幸次郎の元に預けました。

 

福士はハチローの詩の才能をすぐに見抜き、詩人の大御所、西條八十(さいじょう やそ)に紹介。

ハチローは西條に弟子入りし、彼を師と仰ぐこととなります。

 

それから才能が開花し、サトウハチローは、日本を代表する作詞家、詩人の一人となったのです。

 

サトウハチローが作詞した童謡

サトウハチローは、死別した母への想いからか、母親に関する詩を多く残しています。

約2万に及ぶ詩のうち、3千ほどが母親がテーマの物になっています。

 

 

また、ハチローは、おかあさんと子供をつなぐのは童謡だと考えて、数々の歌の作詞もしています。

ひな祭りの歌以外にも、皆さんも知っている歌があるのではないでしょうか。

 

・うれしいひなまつり

(あかりをつけましょ ぼんぼりに~)

 

・かわいいかくれんぼ

(ひよこがね おにわで ぴょこぴょこ かくれんぼ~)

 

・小さい秋みつけた

(誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた~)

 

・わらいかわせみに話すなよ

(ケララ ケラケラ ケケラケラと うるさいぞ~)

 

・とんとんともだち

(とんとん ともだち みんなで九にん 一ちゃん 二ろくん~)

 

・めんこい仔馬

(ぬれた仔馬の たてがみをなでりゃ 両手に 朝のつゆ~)

 

・きちきちばった

(きちきちばった きちばった ふんばりばった~)

 

・きょうからおともだち

(きょうからみんな おともだち なかよしこよしで あそびましょう~)

 

・もんしろちょうちょのゆうびんやさん

(もんしろちょうちょの ゆうびんやさん 朝から配達 朝から配達~)

 

これらの歌以外にも、サトウハチローが作詞を手がけた童謡や歌謡曲がいくつもあります。

 

サトウハチローの作詞家人生と女性遍歴 戦後大ヒットしたあの歌謡曲も彼の作品だった

ハチローは、その生涯で三人の妻を持ちました。

 

一人目の妻は、父紅緑のすすめで結婚した、くみ子という女性で、彼女との間に一男ニ女をもうけています。

しかし、元々好きで結婚したわけでもなかったため、ほどなくして離婚。

三人の子供を引き取り、男手一つで育てることになります。

 

この時ハチローは、二人の娘のために豪華なひな人形を買いました。

そのひな人形を飾り付けながら思いついたのが、ひな祭りの歌「たのしいひなまつり」だったのです。

 

幼い頃、自分をかわいがってくれた姉のことを思い浮かべながら、2番の「お嫁にいらした ねえさまに よく似た官女の 白い顔」というあの歌詞を書いたのかもしれません。

昭和10年のことでした。

 

この歌詞に、かもめの水兵さんの歌を作曲した河村光陽(かわむら こうよう)が曲をつけ、昭和11年に発表されました。

 

 

その後ハチローは、女優の歌川るり子と知り合い、再婚。

 

るり子はハチローの連れ子を自分の子のように可愛がったそうですが、ハチローは別宅で別の女性とも生活していました。

そちらの相手は、ダンサーの江川蘭子という女性で、ハチローは、自宅と愛人宅を行き来する二重生活を続けます。

 

その時は戦時中。

戦況が次第に厳しくなっていく中、ハチローは反戦の思いを込めた歌を密かに書きます。

その歌は戦時中に発表されることはありませんでしたが、終戦後に発表され、大ヒットしました。

 

「赤いりんごに唇よせて だまって見ている 青い空」

並木路子が歌った「リンゴの唄」です。

 

ちなみに、ハチローには弟もいましたが、その弟は広島で被爆死しています。

ハチローは広島に弟を探しに行きましたが、遺品や遺骨は一切見つからなかったそうです。

 

それからほどなく、昭和21年にニ人目の妻だった歌川るり子が急死。

愛人だった江川蘭子と三度目の結婚をして、彼女とは生涯添い遂げることとなりました。

 

 

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その後もハチローは、童謡だけでなく、数々の歌謡曲・ヒット曲の作詞を手がけました。

花売り娘、長崎の鐘、ほんとかしらほんとかしら、わが母の姿は、悲しくてやりきれない・・・etc

 

フォーク・クルセダーズが歌った「悲しくてやりきれない」は、映画「この世界の片隅で」でも、コトリンゴがカバーしたものが使われていましたね。

 

1973年(昭和48年)、心臓発作により聖路加国際病院で死亡。享年70歳。

昭和天皇も、彼の歌を愛した一人だったといいます。

 

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まとめ

ひな祭りの歌ってなんだか怖い感じがするな~とか、ひな祭りの歌って、怖い意味が秘められてるって聞いたけど、どういうことなんだろう? という疑問から、作詞家サトウハチローの生涯に迫りました。

 

「お嫁にいらしたねえさま」という一節の裏側に、結婚前に18歳でこの世を去ったハチローのお姉さんの存在があったのかもしれなかったんですね。

呪いとか祟りのような都市伝説系の怖い話ではありませんけど、ちょっと切ないエピソードでした。

 

子供の頃に聴いた、彼の手がけた数々の童謡の裏にも、姉や、少年時代に死別した母親への想いが込められていたのかもしれません。

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